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学環学生が行く!地域未来共創学環教員インタビュー 【第20回 太田 啓文 先生】

学生広報アンバサダーの くまつっちーDUO です。
今回、私たちは太田啓文先生にインタビューしてきました!!

くま:
 まず、研究内容について教えてください。

太田先生:
 私の専門は経営戦略とイノベーションで、茨城県を中心とする中小製造業の経営・組織のあり方や企業変革などを研究しています。テーマは大きく二つあります。
 一つは企業城下町研究です。日本の製造業を長く牽引してきた日立製作所(以下、日立)は、皆さんにとって身近な存在の一つだと思います。しかし、その日立が2008年のリーマンショックをきっかけに巨額の赤字に転落しました。日立はそこで社会インフラ事業へと大きく構造転換を図り見事に復活を遂げたのですが、その影響でそれまで日立を支えてきた城下町中小製造業は極めて大きな影響を受けたのです。その一方で日立との関係性を変容させたり、あるいは日立依存から脱却したりすることで、したたかに成長を続けている中小製造業も存在します。こうした企業の成否を分け隔てる戦略的行動の差異は何なのかについて研究を進めています。
 二つ目のテーマは自動車産業を支える部品メーカーについてです。自動車産業には「ケイレツ」というものがあって、国内ではトヨタをはじめとする完成車メーカーは自社のケイレツ内の部品メーカーと主に取引してきました。しかし、欧米はもちろん中国やインドなど世界各国の自動車メーカーとの競争激化で、これまでのようにケイレツ内取引を維持していくことが困難になってきたのです。現在、ケイレツは事実上崩壊に向かっているとも言われていますが、ではこれまでケイレツ内取引にまい進してきた部品メーカーは、こうした劇的な環境変化の中でどのように生存していけばよいのか。これは、企業城下町研究との関連性も多く、一点目の研究をさらに発展させるテーマとして取り組んでいます。

つっちー:
 経営戦略論ではどのようなことを学ぶのですか?

太田先生:
 かつて高度経済成長にあった日本は、いわば作れば売れる時代を謳歌していたわけですが、そうした環境下ではトップがすべき経営判断はある意味シンプルだったとも言えるでしょう。しかし現代は、地球温暖化に加えて戦争もあればパンデミックもあり、外部環境の複雑さは増すばかりです。ハイパーコンペティションと言われる経営環境では、いかに経営のかじ取りをして自社を持続的に成長させていくかが、経営者にとって極めて難題となっています。こうした時代にこそ求められるのが経営戦略論だと言えます。経営戦略論は、自社を取り巻く外部環境に目配りし、自らの経営資源に立脚したうえでどう競争環境を生き抜いていけばよいのかの指針を与えます。経営戦略論の講義では、現代に至る企業経営の歴史を振り返りながら、経営戦略論がどのように変遷しどこへ向かおうとしているのかを一緒に学んでいきます。

くま:
 なぜ理系の大学を卒業後、経営学の道を目指したのですか?

太田先生:
 工学系の大学院を修了後、通信会社でシステムエンジニアとして働きはじめたのですが、ちょうど会社が国際進出するタイミングだったこともあり、海外企業とやり取りする機会が多くありました。海外の対地との通信試験など英語で会話する中で思うようにやりとりできないことが重なり、なぜ海外の技術者はそういう発想や考えに至るのか、相手の世界に身を置いてみないと十分には理解できないのではないかと考えるようになりました。それには実際に海外で暮らし、その国の教育を受けてみるのが一番だと思い、入社5年目に社内の留学選考に応募しました。その後選考を通過し、その機会を使ってアメリカへ留学しました。アメリカの大学院では1年間あまりにわたって、オペレーションズ・リサーチについて学びました。オペレーションズ・リサーチは、元々戦争における作戦の効率化を数理的に解き明かす学問として生まれましたが、その考え方は生産管理や資源配分など企業経営にも広く通じるものがあり、この留学をきっかけにそうした学問分野への関心を持つようになりました。留学後会社に戻りましたが、今度は研究開発部門に勤務する機会があり、企業における研究開発のあり方について理解を深めたいと考えて、勤務しながら国内の大学院の博士課程で学ぶことにしました。これには多くの時間と労力を要しましたが、今につながる技術経営学の学位の取得に至りました。その延長上に今があります。

くま:
 教える立場に就くのは結構ハードルが高いと感じますが、もともと教員をやってみたいと思っておられたのでしょうか?

太田先生:
 今から30年ほど前、修士課程を終えて就職する際に、大学の研究室の恩師から、博士課程に進まず就職する以上は社長を目指すようにと言われ、冗談とも受け止めきれずに社長になると応じました。就職先の通信会社は日本を代表する巨大企業でしたから、当然ながら社長になることは容易ではなく、実際社長になることは叶わなかったわけですが、恩師との約束を果たせなかったことがずっと心の片隅にありました。そんなわけで、当初と違うルートではあるし学問分野も変わってしまったけれど、機会さえあれば恩師が示してくれたもう一つの道を歩んでみたいと思ったのです。それでご縁があって、本学に着任し今に至ります。

つっちー:
 これまでの先生の経歴から見て、文理の境目のない地域未来共創学環は、経営学を学ぶにあたって良い点や、学環だからこそできることってありますか?

太田先生:
 昔は、企業も文系採用、理系採用と分けていましたが、複雑さを増す現代では、むしろ文系と理系の両方の視点を併せ持つ人材が求められています。もとより技術革新だけで社会が変容するわけではありません。例えば、コロナ禍でテレワークが普及したときも、単にデジタル技術を導入するだけでなくて、オンライン会議を使ったり、働き方のルールを変えたりと、組織やマネジメントも一緒に変える必要が生じました。つまり、テクノロジーとビジネスは切り離せるものではなくて一体なのです。そのような環境下において、ビジネスはもちろんデータサイエンスや地域課題なども組み合わせながらチャレンジできることが、学環ならではなんじゃないでしょうか。

くま:
 大学で経営学を学ぶ学生に、これだけは身に付けてほしいものはありますか。

太田先生:
 経営学概論の最初の授業でいつも私が言っているのは、経営は社会に出てからからはじめて関わるものではないということです。経営の最小単位は皆さんの誰もが属している家庭です。一人暮らしをしている人もいれば実家から通っている人もいると思いますが、皆さん大学に通うために保護者の方々からお金を出してもらったり、自分でアルバイトをしてお金を稼いだりしていますよね。皆さんの家庭では、家計が崩壊しないように経営されているわけです。つまり皆さんの身の回りにはすべてにおいて経営があると言っても過言ではありません。
 だから、それをまず皆さんにはしっかりと意識してほしい。そして、経営学を学ぶ上で、自分たちは3、4年後社会に出た後のための勉強をしていると思わず、今これを学ぶことで、自身を取り巻く組織がなぜ上手く回ったり回らなかったりするのかを考える術を学んで欲しいと思っています。
皆さんの周りの病院や大学、さらにその大学の中にあるサークルも組織であり、それぞれ組織が破綻しないように日々運営されています。どんな組織も経営がなければ立ち行かないし、持続的に成長していくにはどうしたらいいのかを考え抜くための理論を体系化した学問が経営学なのです。

DUO :
 1980年代から日本の経営は結構変わったと思います。この先の日本の経営がどうなっていくか、先生の見解をお聞きしたいです。

太田先生:
 ここ数十年を振り返ると、技術革新の波は定期的に来ています。1990年代以降ITが進展し、その後2000年代に入って今度はクラウドの波が押し寄せました。そして皆さんも実感していることと思いますが、2010年代後半から生成AIが飛躍的な成長を遂げています。つまり、およそ10年から15年周期で新しい技術革新が起きているわけです。これからもこの周期は早まることはあっても遅くなることは考えにくいでしょう。そして、この技術革新の波に乗り遅れると企業は衰退するのです。本当は日本がこうした技術革新を先導できればよいのですが、それが正直なところなかなかできていません。だからこそ今後の日本企業に一層求められるのは、技術や社会の変化の潮目を機敏に感じ取り、組織を柔軟に変えたり経営を巧みに整合させていったりすることだと考えています。

DUO :
 最後に地域未来共創学環に入学を考えている人たちにメッセージをお願いします。

太田先生:
 世の中は今日より明日の方が複雑でしょうし、複雑さは増す一方だと思います。学環生はさまざまな学問分野を学べる環境にあると思います。その環境を活かし学ぶことが複雑化する社会を生き抜くための術になりますから、ぜひ思考を広げていろんなことに挑戦してほしいと思います。

いかがでしたでしょうか? 次回もお楽しみに!!!